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「生物見地奈良」では、奈良女子大学理学部生物科学科の佐藤宏明先生に、奈良公園の鹿にまつわる生態系のお話を伺った。
奈良女子大学正門で集合し、自転車で東へ。志賀直哉の昔の邸宅へ向かう道の左手に春日大社への参道がある。参道の入り口に自転車を置き、奈良公園の最も東側に位置する飛火野の散策に出かける。佐藤先生、現代GP森田さん、そして私の3人だ。
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■鹿の好き嫌い
ここはね、人が歩くから植物が無いって思うかもしれないんだけど、人が歩かないところでも植物がないんだよね。林床が。(ある植物を指さして、)これがあるじゃないかって思うかもしれないんだけど、こういうのは駄目。これはシロダモ。鹿が嫌いだから残ってるんだよね。
―鹿にも好き嫌いがあるんですね。
ありますよ!奈良公園の林の下に生えているのは、鹿の嫌いなものばっかり。
―人間で言うと、皿の上に人参ばっかり残ってるような状態ですね。
その好き嫌いは、個人によるでしょ!笑
よく見たら、同じような植物しか残ってないでしょ、これはアセビ。これも鹿は食べないのね。でも最近は食べるものがないから、アセビもよく食べるらしいんだ
けど。これはナギ。これも嫌いだから残るんだよね。こういう風に林床がないと、森が綺麗に見えるでしょ、手入れが行き届いてるね、と。でもこれは誤りなん
だよ。
≪余談≫
「ではまずエアサロンパスでも付けますか」とおもむろに取りだす先生。ヒル避けにはエアサロンパスが効くらしい。先生はこのことをジャングルの奥地へ取材に行く方とお話したときに聞いたそうだ。ヒル避け。飛火野を歩く前に足首等につけると良い。ちなみに当日は佐藤先生が持参してくださいました。
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林床:森林の地表面。光が林冠により遮られるため、耐陰性の強い植物や菌類などが生育。(検索辞書:大辞泉)
シロダモ:クスノキ科の常緑高木。暖地の山野に生え、葉は楕円形で裏面が白い。秋の終わりごろ、黄褐色の小花が群がってつき、翌年の秋に楕円形の赤い実がなる。しろたぶ。(検索辞書:大辞泉)
アセビ:ツツジ科の常緑低木。乾燥した山地に自生。早春、多数の白い壺(つぼ)形の花が総状につく。有毒。葉をせんじて殺虫剤にする。「馬酔木」は、馬がこの葉を食べると脚がしびれて動けなくなるのによる。(検索辞書:大辞泉) |
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ヤマビル:ヤマビル科のヒル。全長2、3センチ。体は平たい円柱状で茶褐色。背面に3本の縦縞がある。本州・四国・九州の山間の湿地に多く、人間や獣から血を吸う。かさびる(検索辞書:大辞泉) |
■ヒルの話
奈良公園はヒルがものすごく多いのよね。ヤマビルは鹿の血を吸って生きてるから。
―えっ!そうなんですか!
―そういえばヒルは悪い血を出すための治療で使われるって聞いたことがあります。
そうそう、鹿も草食べてたら肩こりになるからね。
―えっ!そうなんですか!
嘘だってば!笑
(ちなみに鹿はヒルに血を吸われて死ぬことはないそうだ。)
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■ワラビの話
(開けた野原に出る。飛火野の奥。)
ここは飛火野の奥にあたるところ。
ここでも、ほら、ワラビが残ってるでしょ?これも鹿が食べないからなんだよね。人間が食べるとき灰汁抜きするけど、やっぱこのままだと不味いみたい。
(ちなみにこのワラビは野生のワラビで、普段食べるものよりは細みですが、食べられるそうです。先生が実証済み。ワラビに群がる女子二人。)
ちなみにこのワラビの下はヒルが多いんだ。
―それ先に言って下さいよ!
いや、今思い出した。(笑)
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ワラビ:イノモトソウ科の多年生のシダ。草原など日当たりのよい所に生え、高さ約1メートル。葉は3回羽状に裂け、羽片の裏面の縁に胞子嚢(ほうしのう)群をつけ、冬には枯れる。春のこぶし状に丸まっている若葉は食用、根茎は砕いてでんぷんとする。(検索辞書:大辞泉) |
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ナンキンハゼ:トウダイグサ科の落葉高木。菱形の葉は長い柄で互生し、秋に紅葉する。春から夏、黄色の穂状の花が咲き、穂の上部が雄花、基部が雌花。実は黒褐色に熟し、種子から蝋(ろう)をとる。中国の原産で、九州の一部に自生。庭木にする。乾燥した根皮を漢方で烏
(うきゅう)といい、利尿薬にする。(検索辞書:大辞泉) |
■佐藤先生の嫌いなナンキンハゼ
これがさ、俺が大嫌いな木のうちの一つ、ナンキンハゼ。これも鹿が大嫌いだから残るんだよね。虫も嫌いだから虫がつかない、だから街路樹として使われるの。
紅葉が綺麗で、見栄えがいいから。でも問題は鳥がこの実を運んでいろんなところにまき散らすこと。だから飛火野や春日の原生林もこういうのが多くなってきているんだ。
(樹を指差して)これは幼樹で、日がサンサンと照る所じゃないと生きていけないのね。だから樹の下だとダメ。でも例えば、すごい嵐がやってきて樹がバタバタと倒れた所、そういうところにこういうものが生えてくるんだな。
だからこういうものはバシッと切り倒さなきゃならない。
(と、足でナンキンハゼの幼樹を蹴る先生。生物の先生は全ての植物を愛していると勝手に思っていたが、勘違いであったらしい。)
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■鹿のフンのお話
鹿のフンは二種類あってね、コロコロしているものと、塊で落とされるものがあるんだ。
―確かに。何か違いはあるんですか?
冬の方がコロコロしたのが多いかな。みずみずしいものを食べるようになると、塊タイプが多くなる。糞虫は、塊のじめっとした糞に集まってくる。乾燥しにくいからかな。年間通すと奈良公園には30種類くらいの糞虫がいるけれど、乾燥した糞を好むのはそのうち一種類だけいる。
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佐藤先生:フンチュウはたまごもフンの中で生むんだよ。
森田さん:食寝分離できてないよね。(笑)
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■奈良の樹林の「少子高齢化」
鹿が入れないように囲ってあるところがある。鹿が入れるところとは違い、下木が多い。
(柵の中と外を見比べて)これは対照的だね。こっち側にあるのはナンキンハゼ。例外なくナンキンハゼ。でも柵の中は色々生えているよね。下に生えている樹を見たら、全部直径が細くて、最近生えてきたものだとわかる。
森林の更新がうまくいってない。稚樹が育っていなくて、大きな樹しかないんだよ。
―人間でいうと60歳のおじいさんばっかりみたいな感じですかね。少子高齢化ですね。
そうそう、まさにそうなんだよ!
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鹿が入れないように囲ってあるところがある
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■夜の奈良公園に現るイノシシ
(飛火野の斜面に出る。斜面には無数のボコボコがある。)
この斜面は水が浸み出ている。斜面のボコボコはイノシシ。夜に出てきて土をほっくりかえす。それで、中のミミズを食べたり、土をつけて体の掃除をしてると言われているんだ。普段は山の中にいて、夜に出てきてほっ繰り返して、夜のうちに帰っていく。
―このぼこぼこしているところに生えているのはナンキンハゼですか?
そうだ、それにしても多いね。あっ!そうかそうか!これは素晴らしい発見だよ!ぼこぼこしてるから鹿がこなかったんだよね、だから、踏まれることもないし、間違って食べられることがなかったんだ。あぁ今の、言われて気づいた。なるほど。
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■飛火野の木は「おかっぱ」
(飛火野の斜面に生えているひとつの木の下へ)
この樹ね、よく見ると、女の子のおかっぱみたいにきれいに切りそろえられていると思わない?
―言われてみれば。
これはね、鹿が立ち上がって食える限界の高さなんだよ。
―ええ!そういえば最近鹿が二本足でたちあがって食べているの見ました!
これはヒノキで、あれはイチイガシなんだけど、樹種が違ってても下からの高さは全部同じなわけ。食べられる樹はすべて刈りそろえられているよ。刈りそろえられてない樹っていうのは食べられない樹なの。
例えばあれ、そろってないでしょ?あれはアセビなんだよね。
―そう言われてみれば、飛火野の全ての樹がそうですね、すっごくきれいに刈りそろえられてる。
うん、確かに。鹿が作った特異な樹形ってことで綺麗なことは綺麗なんだけどね。
―自然にこういう形になるのかと思ってたけど、ねぇ。人為的ならぬ…鹿為的?(笑)
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(木の下をくぐりながらの森田さんの一言)「鹿の限界の高さって私の背の高さにぴったり。」「そうだね〜、はっはっは。素晴らしい!」と佐藤先生。
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飛火野公園から、また春日大社の参道に戻り、自転車のある場所へ帰る三人。何度も訪れたことがあった奈良公園、でも生物の専門見地からみるとこんなに面白いものかと感じる。森田さん曰く「奈良公園が違った風景に見えてきた!」。そのとおりだ。
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(⇒)丘が畝状になっている飛火野の奥。戦争中は奈良公園の奥は畑になっていたらしい。 |
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(⇒)ナンキンハゼの成長したものがある。 花にはミツバチやアシナガバチ、クマバチがいるのが見える。
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(←)丸池。冬になると水がなくなる。春にはヤマフジが美しく咲く。 |
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(←)奈良で言う榊はこのナギであり、先日の春日大社の鳥居の建て替え時には、鳥居の代わりにナギを立てていた、ということだ。ナギの葉は葉脈が縦方向で
あることから、奈良の人は結婚すると、箪笥の引き出しにナギの葉を入れる。葉が「分かれない=別れない」ことに擬えて。 |
(⇒)奈良公園は実はフトミミズがものすごく多い。奈良公園の土は粘土質で水がたまりやすい。ミミズが下から食べたあとの鹿のフンがかけている。これが分かりやすい。ミミズの跡がある。先生曰く「これはミミズだ、完全なるミミズだ、ハッハッハ」。 |
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(⇒)イラクサ。大葉に似ているが、棘があり、触ったら痛い。ちなみに奈良女のイラクサは刺がない。女子大だからかな?笑 |
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