ならまちには、いくつかのおまじないが昔から続いています。
ここでは、
「身代わり猿」
「柊鰯(ひいらぎいわし)」
の2つに的をしぼってみていきます。
●身代わり猿とは●

白い頭に赤いからだをした猿が両手足を縛られ、つるされているように見える、これが『身代わり猿』です。ならまちの戸口にぶらさがっているのをよく見かけます。大きさはさまざまにあり、中にはこんなに巨大なものも…に巨大なものも…

庚申信仰と関係しており、「庚申さん」のお使いの申(猿)をかたどったお守りで、家の中に災難が入ってこないように吊るしているのです。人間にふりかかる災厄(わざわい)を自分の代わりに受けてくれるとされ、そのため身代わり猿と呼ばれています。また、背中に願い事を書いてつるすと願いが叶うといわれるため、「願い申」ともいいます。
家族の願いは玄関の入り口に家族の人数分吊るし、
個人の願いは寝室の入り口に吊るすとよいとされています。
☆身代わり猿の歴史☆
<庚申信仰>
元興寺の僧が伝染病を鎮めるために、青面金剛(庚申さん)に祈ったのが、庚申信仰の始まりとされています。
言い伝えによると、人の体の中には三尸(さんし)の虫がいて、庚申の日の夜、人が寝ているあいだに体から抜けだし、天帝にその人の悪事を告げにいくといいます。その三尸の虫の報告により寿命が決まるというので、人々は六十日に一度回ってくる庚申の日は、寝ずに「庚申さん」を供養し、夜通し飲食などをしながら夜明けを待ちました。こうすれば、三尸の虫が自分の体から抜け出すこともなく、長生きできると考えられていたのでしょう。しかし、それでも不安な人は、庚申さんのお使いである『身代わり猿』を吊るし、ふりかかる災難に備えていたのです。
現在では、徹夜の習わしはなくなりましたが、身代り申をつるし、庚申さんをまつる信仰は、今もならまちに息づいています。特に、西新屋町、庚申堂の周辺ではたくさんの身代わり猿を見かけることができます。
庚申さんと親しまれる『青面金剛』は、顔も体も全身青色をした木材彩色で、赤い瞳が3つ、腕が6本あります。中国唐代の「陀羅尼集経」によると、青面金剛は人に災いする災難や病魔を退治する神通力があるとされています。『青面金剛』には、奈良町資料館と北向き庚申堂に行くとお会いできます。
<庚申祭り>
昭和59年から庚申信仰にまつわるお祭りが復活し、3月と11月に大根とこんにゃくが人々にふるまわれていました。とても人気の高いお祭りでしたが、平成8年に猛威をふるった病原菌O-157のために中止され、現在は行われていません。早く復活してほしいですね。
●柊鰯(ひいらぎいわし)とは●
ならまちを歩いていると、身代わり猿だけでなく、
ひいらぎといわしの頭を刺したものが戸口にかけてあるのを、よく見かけます。
ちょっとグロテスクなこれはいったい何なのか!? といいますと…
節分の鬼退治に大いに関係のあるものなのです。
昔から、日本では柊鰯を挿す習慣がありました。平安時代にはすでに行われていたことが、当時の本からもわかります。柊鰯とは、節分に魔よけとして、柊の小枝と鰯の頭を家の入り口に挿したものをいいます。
とげとげの柊の葉は別名『鬼の目突き』といわれており、それが鬼の目を刺し、
鰯の臭いが鬼を追い払うとされています。
鬼は、目を刺されることや、鰯の臭いが嫌いだったんですね。
逆に、鰯の臭いで鬼を誘い、柊の葉の棘が鬼の目をさすという説もあります。
江戸時代からこの風習は続いているそうで、特に奈良県奈良市では、多くの家でみかけることが出来ます。
また、ならまちにある元興寺の中に元興神(がごぜ)という鬼がいて、悪者を退治するという言い伝えがあります。
これも、奈良市やならまちに柊鰯がたくさん見られる理由の一つなのでしょうか。